ドミニク・アングルの人生

フランス南西部のモントーバン近郊ムースティエに装飾美術家の子として生まれる。父親は美術家というよりは職人で、家具の装飾彫刻、看板描きから音楽まで手広く手掛けていた。アングルも幼少期から絵画とともに音楽も学んでおり、ヴァイオリン奏者としての一面もあった。実際、ニコロ・パガニーニと弦楽四重奏団を結成し、彼のスケッチを残している。

ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル

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ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル(Jean Auguste Dominique Ingres, 1780年8月29日 - 1867年1月14日)は、フランスの画家。19世紀前半、当時台頭してきたドラクロワらのロマン主義絵画に対抗し、ダヴィッドから新古典主義を引き継ぎ、古典主義的な絵画の牙城を守った。ラファエロに対する極めて高い評価、入念に構成された緊密な諧調、形体の幾何学的解釈など、師であったギョーム・ジョセフ・ロックの影響が色濃い。

ダヴィットの死

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1800年にはナポレオンをも虜にしていたレカミエ夫人に、愛人への贈り物として肖像画を依頼され、『レカミエ夫人』を制作したが、本人に気に入られず、未完成に終わってしまったという(その後、夫人は彼の弟子のジェラールに肖像画を依頼し、彼の絵画はドミニク・アングルが現在の形にした)。その後、ナポレオンの庇護を受けて復活し、1804年にはナポレオンの首席画家に任命されている。縦6.1メートル、横9.3メートルの大作『ナポレオンの戴冠式』は1806~1807年に描かれたものである。ナポレオンの失脚後、ダヴィッドはまたも失脚し、1816年にのブリュッセルに亡命し、9年後の1825年に同地で時代に翻弄された77年の生涯を終えた。

ルイ16世の処刑に賛成票を投じたことが災いし、彼の遺体はフランスへの帰国を許されなかったが、心臓が現在ペール・ラシェーズ墓地に埋葬されている。

ダヴィッド、投獄される

1789年、フランス革命が勃発するが、このころのダヴィッドは、ジャコバン党員として政治にも関与していた。バスティーユ牢獄襲撃事件にも加わっており、1792年には国民議会議員にもなっている。1793年には革命家マラーの死を描いた『マラーの死』を制作している。1794年にはロベスピエールに協力し、最高存在の祭典の演出を担当、一時期国民公会議長もつとめている。ロベスピエールの失脚に伴い、ダヴィッドの立場も危うくなり、一時投獄された。この時、自画像と唯一の風景画を残している。

ダヴィッドと革命

ダヴィッドは1780年までの約5年間、イタリアで古典絵画の研究に没頭する。こうしたイタリアでの研究を機に彼の作風は、18世紀のフランス画壇を風靡したロココ色の強いものから、新古典主義的な硬質の画風へと変わっていく。ルイ16世注文の『ホラティウス兄弟の誓い』(1784年)は最初の国王注文作であり、「新古典派宣言」とも見なされる記念碑的作品である。これから決死の戦いに望もうとする古代ローマの戦士たちを描いたこの作品は、ギリシャ・ローマの古典への復帰、という芸術上の主張とともに、来るべき革命と市民社会を予見した政治的メッセージとも受け取れる。

ダヴィッドとローマ賞

長い修業期間を経て、ダヴィッドは1774年『アンティオコスとストラトニケ』で、当時の若手画家の登竜門であったローマ賞を得た。これはヴィアンに入門してから約10年後、26歳頃のことで、当時としては遅いデビューである。ローマ賞受賞者は、国費でイタリア留学ができる制度になっており、ダヴィッドも翌1775年よりイタリアへ留学した。同年、師のヴィアンはローマのフランス・アカデミーの院長としてローマへ赴任したため、師弟揃ってのローマ行きとなった。

ジャック=ルイ・ダヴィッドの人生

1748年、パリに商人の子として生まれた。彼が9歳の時、父親は決闘で亡くなっているが、この事件は少年だったダヴィッドに少なからぬ影響を与えたものと推測される。ロココ絵画の大家であるフランソワ・ブーシェはダヴィッドの親戚(母親のいとこ)であった。新古典主義は西洋文化の源流であるギリシャ・ローマへの復帰運動であり、柔和で享楽的なロココ美術への反動という意味合いも強かっただけに、ロココ絵画の大家ブーシェがダヴィッドの身内であったということは興味深い。当時50歳代だったブーシェは弟子を取っておらず、彼の紹介でジョゼフ=マリー・ヴィアン(1716年 - 1809年)という画家にダヴィッドは師事する。

ジャック=ルイ・ダヴィッド

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ジャック=ルイ・ダヴィッド(Jacques-Louis David, 1748年8月30日 - 1825年12月29日)は、
フランスの新古典主義の画家。18世紀後半から19世紀前半にかけて、
フランス史の激動期に活躍した、新古典主義を代表する画家である。