
1800年にはナポレオンをも虜にしていたレカミエ夫人に、愛人への贈り物として肖像画を依頼され、『レカミエ夫人』を制作したが、本人に気に入られず、未完成に終わってしまったという(その後、夫人は彼の弟子のジェラールに肖像画を依頼し、彼の絵画はドミニク・アングルが現在の形にした)。その後、ナポレオンの庇護を受けて復活し、1804年にはナポレオンの首席画家に任命されている。縦6.1メートル、横9.3メートルの大作『ナポレオンの戴冠式』は1806~1807年に描かれたものである。ナポレオンの失脚後、ダヴィッドはまたも失脚し、1816年にのブリュッセルに亡命し、9年後の1825年に同地で時代に翻弄された77年の生涯を終えた。
ルイ16世の処刑に賛成票を投じたことが災いし、彼の遺体はフランスへの帰国を許されなかったが、心臓が現在ペール・ラシェーズ墓地に埋葬されている。