ダヴィッドと革命

ダヴィッドは1780年までの約5年間、イタリアで古典絵画の研究に没頭する。
こうしたイタリアでの研究を機に彼の作風は、18世紀のフランス画壇を風靡したロココ色の強いものから、新古典主義的な硬質の画風へと変わっていく。

ルイ16世注文の『ホラティウス兄弟の誓い』は最初の国王注文作であり、「新古典派宣言」とも見なされる記念碑的作品である。

これから決死の戦いに望もうとする古代ローマの戦士たちを描いたこの作品は、ギリシャ・ローマの古典への復帰、という芸術上の主張とともに、来るべき革命と市民社会を予見した政治的メッセージとも受け取れる。

ダヴィッドとローマ賞

長い修業期間を経て、ダヴィッドは1774年『アンティオコスとストラトニケ』で、当時の若手画家の登竜門であったローマ賞を得た。

これはヴィアンに入門してから約10年後、26歳頃のことで、当時としては遅いデビューである。
ローマ賞受賞者は、国費でイタリア留学ができる制度になっており、ダヴィッドも翌1775年よりイタリアへ留学した。

同年、師のヴィアンはローマのフランス・アカデミーの院長としてローマへ赴任したため、師弟揃ってのローマ行きとなった。

ジャック=ルイ・ダヴィッドの人生

1748年、パリに商人の子として生まれた。
彼が9歳の時、父親は決闘で亡くなっているが、この事件は少年だったダヴィッドに少なからぬ影響を与えたものと推測される。

ロココ絵画の大家であるフランソワ・ブーシェはダヴィッドの親戚であった。
新古典主義は西洋文化の源流であるギリシャ・ローマへの復帰運動であり、柔和で享楽的なロココ美術への反動という意味合いも強かっただけに、ロココ絵画の大家ブーシェがダヴィッドの身内であったということは興味深い。

当時50歳代だったブーシェは弟子を取っておらず、彼の紹介でジョゼフ=マリー・ヴィアンという画家にダヴィッドは師事する。

ジャック=ルイ・ダヴィッド

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ジャック=ルイ・ダヴィッドは、フランスの新古典主義の画家。
18世紀後半から19世紀前半にかけて、フランス史の激動期に活躍した、新古典主義を代表する画家である。

新古典主義

新古典主義とは、18世紀後半以降、フランスで見られた古代ギリシア・ローマへの回帰運動を指して使われるようになった言葉である。
他のヨーロッパの国でも同様の傾向に対して使われる。

18世紀前半に発掘されたヘルクラネウムとポンペイの遺跡は、当時の西洋人の古代への関心を高めることとなった。この頃美術評論家ヴィンケルマンがギリシア賛美の評論を書き、各国に影響を与えた。
これらが新古典主義の背景になっている。

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